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■Yさんからのメール(その1)
Yさんは、お母さまを突然亡くされました。そのときの不安や疑問をメールにて
おたずねくださいました。
「私と同じ経験はほとんどの方がされることなのですから、少しでも楽になれる人がいればと思います。」 との思いで、このホームページへの掲載を許してくださいました。ありがとうございます。
はじめまして。HPを拝見させていてだきました。宗教には興味がなかった私ですが、母が急死したのをきっかけにいろんな疑問や、不安など出てきたので、検索したところ、あなたの営んでいらしゃるHPにあたったというわけです。
私は、当然のことながら、母をとても大事に思っていました。ただ、母は、とても元気で気丈な人だったので、57歳でしかも、まえぶれもなく亡くなる等ということは、理解できなかったのです。
死因は、高血圧症による、脳内出血でした。とても、心配には思っていたのですが、離れて暮らしていたせいで、高血圧だという事にも気付かなかったのです。本人も、体の不調は疲労のせいだろうというくらいにしか、考えていなかっただろうと思います。
そこで、私の疑問ですが、母は自分が亡くなったことに気付いているのでしょうか?
49日で生まれ変わるとありましたが、私はまた、母に会えるのでしょうか?
私は念仏の意味(細かいところも)も、わからないまま、念仏を唱えなければ、いけないのですか?
一番不思議なのは、母は死ぬべきときに死んだのか、迷信がないとするなら、なぜ、私が嫁いですぐに亡くなることになった のでしょうか?運命なのか、単に肉体的な衰えという理由なのでしょうか?
母の死に目にもあえず、ちゃんと、お別れの言葉もかけることもできず、突然いなくなって、母もそれでいいのでしょうか?
私は、生きている母と、ちゃんと、じっくり話がしたかった。 もう一度、会いたいのです。ただ、今それだけが望みです。お暇なときにでも、お返事いただけると、嬉しいです。
返事メール
こんばんは。はじめまして、山内です。 メール、ありがとうございます。
お母さまの突然のご往生、お心お察しいたします。本当はあなたにお会いして、言葉でお伝えした方が良いのですが、文字にて(少々きびしく聞こえるかもしれませんが)失礼させていただきます。
人は、生まれたときから老(歳をとる)・病(病気をする)・死に向かっています。言い換えると、元気でも時を選ばず場所を選ばず死はおとずれるということです。老・病・死をいつも背負っていることこそ、わたくしが生きているということです。死は、運命でも肉体の衰えでもなくおとずれます。人生とは冷酷なものです。
では、その冷酷な現実をあなたは悲しんでばかりいてよいのでしょうか。お母さまが死をもって、57年間の全生涯をかけて、あなたに教えてくださっていることはないのでしょうか。
お釈迦様、親鸞聖人はこう教えてくださいます。仏さまの願いは、『無常な(すべては常に移り変わっていく)この人生、いついのちが終わるかわからないあなたの人生だからこそ今を尊く大切に生きなさい』と。
この仏さまの願いがお念仏です。だからお念仏は、あなたが仏さまに向かって称えているのではなく、仏さまの方からあなたに向かって届いた願いがあなたの口を通してこぼれているのです(このようにお念仏を味わってください)。
浄土真宗では、いのちが終わったその瞬間にお浄土で仏さまになると説きます。お母さまも仏さまになられ、あなたにお念仏(願い)を届けてくださっています。その証拠に、あなたはお念仏を称え、自分を見つめ返しこうやって私にメールをくださいました。
どうでしょうか・・・。 あなたは、日頃こうやってお母さまのこと考えたり、人生を問うたり、お念仏をしたりしているでしょうか。あなたが今、そうできていることは、まさに仏さまになられたお母さまの願いがあなたに届き、あなたはそれを聞いているからなのではないのでしょうか。
お母さまにもう一度会いたいとのことですが、もう出会っておられるのではありませんか。確かに肉体にふれることはできません。しかし、お念仏の中で、仏になられたお母さまの願いの中で、生死を越えたぬくもりの世界を感じませんか。悲しみを通してこそ生まれ・出会える世界があることを味わってください。わかりにくかったでしょう。いつでもメールくださいね。
